今日は、大学だった☆
授業で、近代文学は(現代文学ではない)、
欠如とか欠落、傷痕から出発して、それを埋める作業をする。
そしてそれを、文学的芸術と捉える作品が多いよね、って話してて。

でも、本来、欠落や欠如だけでなく
”過剰”ということも考えられるのではないかなと思った。

例えば、自分への意識とか、生まれながらにしての何かしらのものとか、背負うべきものとか、知恵の発達とか。。。

欠落というものを一方で考えるのなら、
表裏一体で、過剰性というものもあると思う。

人間関係においても、足し算したり、引き算したりして、組み替えて、バランスを保っていくんじゃないかな、とか。


もちろん、何を欠落とするか、過剰とするかは
また別問題だけれど。

そもそも、”普通”ということの曖昧さ
なんて、計り知れないものだし

”普通”ということのスタンダードも
時代とともに変化してる


あまり、関係ないかもしれないけど、
事柄を何かの枠にはめ込もうとすると
その事柄は、どんどんゆがんでいくような
(真実とは遠ざかっていくような?)
気がする。


例えば、「近代的な家族像」っていうのが
あったとして、
でも、家族像って言ったって、もちろん、
それに当てはまる家族ばかりじゃないから
ポロポロと、はがれていってしまうわけ。
枠組みにはめようとした途端に。

もともと、ヒトっていうのは
グループ分けするのが好きみたいだけど
ここから先は、Aグループで、ここから先は、
また違うBグループなんてことは、ありえないんじゃないかな。重なりあってるとこがあったり、同じAグループでも微妙に違ったりするんだろう。


なんて、どうでもいいっか☆

5月に内定もらって、就職課にすぐ来い
とかいわれてたのに、まだ行ってなくて(笑
今日、行ってきた。


今更「おめでとう」とか言われて。
卒論書けるか不安で、卒業できるかわかんない
っていう時に・・・(笑)
なんか、3年生の前で、スピーチして
一人一人の個別で質問とかに答えて欲しい
ってチョー頼まれた★
がびーん。。。
広告業界に決まった人を探してたらしい。
(タイミング悪い)
もうちょっと、先なので、保留にしてもらった。


はぁ。


今、彼氏から、電話☆


今日は、前から聞いてた会社の飲み会。

酔うと会いたくなるらしい。

あたしへの愛を再認識したらしい。

何がなんだかわからないが、
まぁ、よかった☆☆☆

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